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金田一耕助伝:なぜデビュー作は『本陣殺人事件』なのか
 

金田一耕助は昭和12年に『本陣殺人事件』を解決して名探偵の仲間入りをした。
しかし原作に書かれている金田一耕助の経歴では、『本陣』以前にすでに数々の難事件を解決し、警察にも名を知られる存在だったことになっている。
それなら本当の金田一耕助のデビューは、それらの事件を指すはず。しかし横溝正史は金田一耕助が『本陣』以前に解決した大事件を小説にせず、後々まで『本陣殺人事件』を彼のデビュー作と称した。それはいったい何故なのか。
そしてついに「語られざる事件」となってしまった『本陣』以前の事件とはどのようなものだったのか。
そこには金田一耕助のある秘められたドラマが存在した。

金田一耕助は一柳家の殺人事件の直前に大阪で「むつかしい事件」を解決している。
当時、大阪の方にまたむつかしい事件が起こって、耕助はそれの調査のため下阪していたのだが、思いのほか事件が早く片づいたので、骨休めかたがた、久しぶりに銀造のもとへ遊びに来ていたのである。
(角川文庫『本陣殺人事件』P.84〜85)

「その人はここへ来る前、大阪で何か調査をやって来たらしいんですが、その事件というのがかなり大袈裟なものだったらしく、警保局かなんかのお役人から身分証明書のようなものを貰って来ていたんですね。何しろあの方面じゃ中央からの添書といえば、神様のお札以上に効顕いやちこですからね。署長も司法主任もすっかり恐れ入っちまったというわけらしいんですよ」
(同 P.97〜98)
警保局とはWikipediaによると全国の警察を統括していた内務省内の部局とのこと。悪名高い特高警察や著作権の保護など多様な管轄を受け持ち、当時としては権力が集中していた要の部署だったという。

金田一耕助が一柳家の面々に紹介された際、鈴子が
「えらい探偵さんというのはあなたのことなの?」と聞いたのも、三郎がライバル心をむき出しにしたのも、彼に警保局の依頼を受けて大阪まで事件の調査にやってきた探偵という肩書きがあったればこそ。金田一耕助は初登場時からすでに「えらい探偵」だった。

「正直なところはじめ私はこの事件に、あまり気がすすまなかった。新聞を見ると三本指の男が怪しいとある。むろんそのほかにもいろんな謎や疑問があるようだが、要するにそれは事件の核心となんの関係もない偶然がかさなりあって、たまたまそういう条件を、つくり出したのではないか。
そういう偶然のころもを、一枚一枚ぬがせていけば、あとに残るのは結局三本指のルンペンが、通りがかりに演じた凶行──と、そんなふうなありふれたものになるのではないか。お世話になった小父さんへ義理があるからやって来たようなものの、そんな平凡な事件にいちいち引っ張り出されちゃあたまらない。
──一柳家の門をくぐった時の私の気持ちを正直にいうと、そんなものだったんです。」
(同 P.100〜101)
たてつづけに大事件を解決し、警察の上部組織からも調査を依頼されるほどの勢いがあった新進探偵・金田一耕助。しかし大事件を解決すればするほど、現実社会は思い描いていた探偵小説の世界とは程遠いことを実感していたのではないか。
「探偵小説のような事件は現実には起こらない」そう思い込み始めていた耕助は、いつしか密室殺人にも心を躍らせることがなくなってしまっていた。密室といっても偶然の産物にしか思えなかったのだろう。
「そんな平凡な事件にいちいち引っ張り出されちゃあたまらない」と感じたのも無理はない。だが事件はそのあきらめを戒めるかのような展開を見せた。

「それが急に興味をおぼえはじめたというのは、三郎君の本棚にずらりとならんだ内外の探偵小説を見てからでした。そこにともかく『密室の殺人』の形態をそなえた凶行が演じられている。
そして、ここに『密室の殺人』を取り扱った多くの探偵小説がある。これをしも偶然というべきだろうか。いやいや、ひょっとするとこれはいままで考えていたような事件ではなく、犯人によって念入りに計画された事件ではあるまいか。
──そしてその計画のテキストが、即ちこれらの探偵小説ではあるまいか。そう考えたとき、私は急になんともいえぬほど嬉しくなって来たものです。
犯人は『密室の殺人』という問題を提出して、われわれに挑戦して来ているのだ。知恵の戦いをわれわれに挑んで来ているのだ。ようし、それじゃひとつその挑戦に応じようじゃないか。知恵の戦いをたたかってやろうじゃないか。こうそのとき考えたものでした」
(同 P.101)
眠れる耕助の探偵趣味を呼び覚ましたのは一柳家の探偵小説コレクション。「ひょっとするとこれはいままで考えていたような事件ではなく、犯人によって念入りに計画された事件ではあるまいか」耕助の興奮が伝わってくる。

警察の信頼を得ながらも不本意な事件にばかり駆り出されていた金田一耕助は、岡山の一柳家で起きた殺人事件を解決することでなぜ探偵になろうとしたかの初心を取り戻した。その意味で『本陣殺人事件』はまぎれもなく我々が知っている名探偵・金田一耕助のデビュー作といってさしつかえない事件だった。
 
 

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