Kindaichi Kousuke MUSEUM

事件簿編さん室

金田一耕助図書館
├5F:横溝作品の源流
├4F:研究本の世界
├3F:コミックルーム
├2F:パロディ・贋作
│ └<贋作の考察>
└1F:開架室

金田一耕助視聴覚室

金田一さんの現場検証

展示室:木魚氏の蒐集品

木魚のおと

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分類方法について
金田一耕助本人、または原作中の関係者が登場。語られざる事件。
 
A2
金田一耕助本人、または原作中の関係者の子孫と称する人物が登場。
 
A?
作中、金田一耕助と名乗ってはいないが、本人を思わせる人物が登場。
 
金田一は横溝正史の小説中の探偵。横溝作品をめぐって事件が起きる。または作品を模倣した事件。
 
パロディ。金田一に似た人物が登場。
 
横溝正史が登場。(霊界での事件を含む)
 
作中に横溝正史や金田一耕助は現れないが、ストーリーやシチュエーションから横溝作品へのオマージュと認められるもの。
 


金田一耕助図書館2F
パロディ・パスティシュリスト

この部屋では、横溝正史以外の作家が書いた、金田一耕助のパロディ・贋作を紹介します。ホームズのその手の作品にくらべるまでもなく、まだまだ数が少ないので、簡単なレビューや木魚庵なりのオススメ度も付けてみました。

なお、文中、作品や作家さんに対して、配慮に欠けた表現も使用しております。視点の違いとお考え下さい。
ミステリ作家という立場上、作者の皆さまがパロディ・贋作以前に推理小説として成立させようと努力されているのに対して、私たち金田一ファンは、「金田一さんはどのくらい原作に似ているの?」「お馴染みの場面やセリフのパロディはあるの?」というミーハーな面にもっとも興味を抱いているからです。

パスティシュに関する考察のコーナーを設けました。「金田一耕助図書館<贋作の考察>」までどうぞ。

※ リストに洩れている作品をご存じでしたら、ぜひ木魚庵までご一報下さい。
 

書 名 著 者 分類 出版社DATA
『金田真一耕助之介の冒険』 アンソロジー 劇団☆新感線公演
「犬顔家の一族の陰謀」パンフレット同封
『金田一耕助に捧ぐ九つの狂想曲』 A〜D 角川書店
『金田一耕助の新たな挑戦』 角川文庫
「大神家の晩餐」 亜木冬彦 A2 「野性時代」
1995年6月号収録
「《ホテル・ミカド》の殺人」 芦辺拓 創元推理文庫『名探偵博覧会
 真説ルパン対ホームズ』収録
「明智小五郎対金田一耕助」 芦辺拓 原書房『名探偵博覧会II
 明智小五郎対金田一耕助』収録
『小説金田一少年の事件簿』シリーズ 天城征丸 A2 講談社マガジンノベルス
/講談社文庫
「湖泥」解決篇 飯沢匡
花森安治
横山隆一
「オール読物」
1953年1月号収録
「「正史」は知らない」 井口泰子 講談社文庫
『誰がための殺人』収録
『GEN「源氏物語」秘録』 井沢元彦 角川文庫/祥伝社文庫
「金田一耕助本当に最後の事件」 石上三登志 「奇想天外」
1978年11月号収録
「黒猫キネマ」 井上雅彦 A? 創元推理文庫
『1001秒の恐怖映画』収録
『探偵の夏あるいは悪魔の子守歌』 岩崎正吾 創元推理文庫
「病院横町の首縊りの家」解決篇 岡田鯱彦
岡村雄輔
光文社文庫
『鯉沼家の悲劇』収録
『黒祠の島』 小野不由美 祥伝社ノン・ノベル
「冷ややかな密室―脇本陣殺人事件」 折原一 創元推理文庫
『七つの棺』収録
「本陣殺人計画 横溝正史を読んだ男」 折原一 原書房
『密室殺人大百科[上]
 魔を呼ぶ密室』収録
『狂骨の夢』 京極夏彦 講談社ノベルス
『陰魔羅鬼の瑕』 京極夏彦 講談社ノベルス
『カレイドスコープ島』 霧舎巧 講談社ノベルス
『探偵作家 江戸川乱歩の事件簿
―ミイラと旅する男』
楠木誠一郎 実業之日本社
JOY NOVELS
『夢二殺人幻想
―江戸川乱歩の事件簿2』
楠木誠一郎 実業之日本社
JOY NOVELS
『帝都<切り裂きジャック>の殺人
―江戸川乱歩の事件簿3』
楠木誠一郎 実業之日本社
JOY NOVELS
『「パノラマ島奇譚」殺人事件
―江戸川乱歩の事件簿4』
楠木誠一郎 実業之日本社
JOY NOVELS
『芥川龍之介殺人事件』 神門酔生
三宅一志
晩聲社
「桑港の幻」 琴代智 光文社文庫
『本格推理・1』収録
「『悪魔の手毬唄』殺人事件」 小林久三 「幻影城」
1976年1月号収録
『花嫁川柳殺人事件』 斎藤栄 光文社文庫
『犬猫先生と金田一探偵』 斎藤栄 光文社文庫
「凡人殺人事件」 桜井一 青樹社
『86分署物語
 名探偵退場』収録
『幻影城の殺人』以下
弥生原公彦シリーズ
篠田秀幸 B・E ハルキ・ノベルス
『少女達がいた街』 柴田よしき 角川文庫
「茶色い部屋の謎」 清水義範 光文社文庫
『美濃牛』 殊能将之 講談社ノベルス
『コズミック』以下のJDCシリーズ 清涼院流水 A2 講談社ノベルス
『犬墓島』 辻真先 光文社文庫
『デッド・ディテクティブ』 辻真先 講談社ノベルス
『怪盗天空に消ゆ〜幻説銀座八丁〜』 辻真先 徳間オーノベルス
「金田一もどき」 都筑道夫 文春文庫
『名探偵もどき』収録
『花嫁化鳥』 寺山修司 角川文庫・他
「『本陣殺人事件』の殺人」 二階堂黎人 徳間ノベルズ
『名探偵水乃サトルの
大冒険』収録
『ふしぎとぼくらは
何をしたらよいかの殺人事件』
橋本治 徳間文庫
『新本陣殺人事件』 矢島誠
若桜木虔
河出書房新社
『僧正の積木唄』 山田正紀 文藝春秋文庫
『霊界予告殺人』 山村正夫 講談社文庫
『銀河パトロール報告』 横田順彌 集英社文庫
『銀河鉄道の惨劇』 吉村達也 A? 徳間文庫

オススメ度の見方 ★=1 ☆=1/2 満点は★3つ
『金田真一耕助之介の冒険』   オススメ度★★★
(劇団☆新感線公演「犬顔家の一族の陰謀」パンフレットに同封)
 劇団☆新感線の舞台公演「犬顔家の一族の陰謀」パンフレットに同封された文庫形式のパロディ集。
 まず特筆すべきはその装丁である。昭和50年代の横溝ブームのときに、書店を真っ黒に染めた旧角川文庫の装丁を、何から何までパロっているのだ。
 
この徹底的にこだわったパロディ精神を見よ!

 カバーは見てのとおり、杉本一文のデザインをみごとに模倣。そしてこのカバーをはずすと、肌色の芯地に横縞模様の懐かしい表紙がむき出しになる。
 奥付や文庫目録までパロディになっており、「走れバロム1」太宰治虫、「少々地獄」夢野旧作、「えろいやつら」松本性徴、「煙と土が食い物」舞城Q太郎などの既刊がズラリと並んでいる。
 (一言だけツッコミを入れさせてもらうと、「バロム1」の原作はさいとうたかをで手塚治虫ではない)
 もちろん、舞台「犬顔家の一族の陰謀」宣伝のシオリもはさまれている。ただしこちらは「おしりとしてお使いください」とあり、チケット代の割引はしてくれないようだ。
 さらに、角川文庫といえば誰もが印象に残っている「第二次世界大戦の敗北は、軍事力の敗北であった以上に、私たちの若い文化力の敗退であった。」で始まる「角川文庫発刊に際して」までパロディにしているのだ。ああ、楽しい。
 
 収録作についてだが、劇に登場する探偵・金田真一耕助之介(かねだしんいちこうずけのすけ)の事件簿という形式をとっているため、全編金田真一が登場する。
 もっとも、執筆段階で金田真一耕助之介(長い!)はまだ世間に登場していないキャラクターなので、ほとんどの作品が金田一耕助のパロディ探偵として金田真一を描いている。
 桜井一「凡人殺人事件」の珍田一珍助、横田順彌「銀河パトロール報告」の金大事包助につらなる金田一さんのそっくりさんという位置づけである。
 だから、探偵の名前が「金田真一耕助之介」でも、お芝居のタイトルが「犬顔家」でも、犬神家や岡山や迷路荘といった金田一耕助おなじみの舞台が登場する。
 しかし中には「恋の呪文はスケキヨヨキケス」のように、金田一と金田真一とは別人、という設定も混じっているからややこしい。
 
 ともあれ、我らが名探偵の分身が、股間を掻きながら疾走し、怪獣に脳味噌を吸い尽くされ、美少年助手との情事におぼれ、実は頼りない美少女探偵だったり、怪盗と死闘を繰り広げる様をとっくりとご覧いただきたい。
 
「メイド荘の惨劇」 中島かずき
 一発目からこのタイトルである。
 富士の裾野に建つ古い洋館を改造したホテル、姪奴荘が事件の舞台である。
 密室の部屋で、まるで巨大な手で握りつぶしたかのように、肋骨ごと内臓をおしつぶされるという、世にも恐ろしい方法で殺されるホテルの創業者一族。
 密室、ダイイング・メッセージ、抜け穴、メイドとてんこ盛りの事件の背景には、我々の想像の及ぶべくもない途方もない陰謀が隠されていたのであった。
 著者の中島かずきは、劇団☆新感線の座付作家である。
 
「金田真一耕助之介vs食人オカヤマ族vs黄金パンダ」 戸梶圭太
 パロディもここまで徹底的にやってくれると、いっそ気持ちがいい。
 「オカヤマ僻地淫乱後家さん大量夜這い食人手鞠歌書きかけうっちゃり殺人事件」を解決した探偵金田真一耕助之介は、岡山の風習を批判したために食人オカヤマ族の怒りを買い、追い回されるハメになった。
 相棒の加藤剛警部はすでに生首と化した。次は自分の番なのか──?
 竹林に逃げた金田真一を追うオカヤマ族の前に、伝説の野獣が姿を現した。
 ああ、岡山とはなんと恐ろしい現代の秘境なのだろう! 諸君も岡山に足を踏み入れる際には、命の危険を覚悟せねばなるまい。
 
「恋の呪文はスケキヨヨキケス」 米光一成
 名作ゲーム「ぷよぷよ」の開発者がBL小説まで書く人だったとは!
 てゆーか、タイトルの元ネタ(アニメ「さすがの猿飛」OP曲)を覚えている世代って、いくつぐらいまでだ?
 金田一耕助の信奉者である探偵金田真一耕助之介は、今日も今日とて美少年助手の古田とはげしく愛し合いながら、「犬神家の一族」に隠された哀しい真相を解き明かしていく。
 全編男同士のセックスの睦言でありながら、原作の矛盾点を突きつめて、もう一つの真実を探る手法はあざやかである。
 栗本薫「月光座」でも同様の手法を用いていたが、同じ矛盾点を指摘するのでも、「間違いだらけ!」と大上段に振りかぶるのではなく、金田一耕助はすべて見通しておきながら、あまりに残酷な真実を告げることがしのびないため、その場しのぎの推理を語ったというスタイルが定着しつつある。
 「月光座」ともども、原作を尊重しつつ新たな解決を導き出すシリーズとして横溝ファンに広く読んでもらいたい作品である。
 
「静まれ(ビークワイテッド)!静馬くん!!外伝 決戦☆犬神忍軍vs金田真一耕助之介」 おかゆまさき
 ライトノベルの鬼才「撲殺天使ドクロちゃん」の作者による美少女探偵活劇ライトノベル。
 ご丁寧にも、そのドクロちゃんのイラストを担当しているとりしも氏による挿絵つきである。
 劇団☆新感線のファンがドクロちゃんを読む層なのかどうかは知らないが、この人選、相当濃い。
 昭和22年、美少女探偵金田真一耕助之介は犬神家の跡とり青沼静馬を迎えに長倚(長崎)まで来ていた。
 そこへ襲いかかる犬神忍軍の佐清・佐武・佐智(三人とも美少女)たち!
 静馬の運命やいかに? そして犬神忍軍と対立する八つ墓忍軍の目を盗んで、一行は信州に帰ることができるのか!?
 
「トランプ台上でクビ」 大倉崇裕
 そしてまたこんなタイトルである。
 本アンソロジー中ではほぼ唯一の現役ミステリ作家の登板で、物語もパロディでありながらミステリの骨格も兼ね備えた作品となっている。
 金田一耕助が解決した「トランプ台上の首」事件と同じく隅田川沿いにある高層ビルの一室で、またしても生首事件が発生する。
 悪徳経営者を残虐な方法で殺害する怪盗ヒャクメルゲが、悪徳介護業社長、縦縞虎三を血まつりにあげたのだ。
 「悪魔の手毬唄」を彷彿とさせる写真比べの場面を用意するなど、サービス精神にあふれているが、その分トリックなどがこぢんまりとまとまってしまった感じがする。
 もっとハジケてもよかったのではないか。
 
「珠世の戸惑い〜事件の陰で〜」 ほしよりこ
 「きょうの猫村さん」の作者である。そういえば家政婦猫村さんの派遣先は犬神家。やっぱりあの映画が好きなんだろうなと思わせるほのぼのパロディコミック。
 
「短歌 悪魔の壁新聞」 笹公人
 現代の異色歌人による金田一短歌集。
 探偵役の名前を間違えていたのか、それとも効果をねらってのことなのか、金田真一耕助之介が織り込まれている短歌のみ、やけに字余りである。
 
「珠世の憂鬱」 うめ
 「東京トイボックス」の作者によるコミック。「犬神家の一族」の作中で、執拗にくり返される珠世の容姿の描写の謎に迫った怪作。
 
「太神家の一族」 喜国雅彦
 ご存じ喜国さんによる金田一パロディ。ええ、そのとおり。これは金田真一というより、金田一映画によくある光景をパロディコミックとして描いたものである。意外な人物関係が次々と明らかになる展開は、むしろ爽快感すら覚える。
 しかも、ラストのコマで「誤植が出ないか心配」と書いてありながら、やっぱりあった誤植が涙をそそる。
 いや、喜国さんのことだから、きっとこれは誤植に見せかけた引っかけなのかもしれない。
 
『金田一耕助に捧ぐ九つの狂想曲』   オススメ度★★★
 横溝正史生誕100周年を記念して刊行された、金田一耕助の贋作・パロディ集。
 横溝正史賞の受賞者をメインに据えた前アンソロジー(『金田一耕助の新たな挑戦』)に対し、一線で活躍しているミステリ作家を取り揃え、生誕100年にふさわしい豪華版となった。
 『新たな挑戦』がパロディであれ何であれ、全編金田一耕助本人を登場させているのに対し、本書『九つの狂想曲』では探偵役が「名探偵」金田一耕助にあこがれているだけであるなど、よりバラエティに富んでいる。
 そこで、パロディ・パスティシュの分類を各作品ごとに行なってみたのが、作者名の右のABC表記である。
 
「無 題」(講談社刊『陰魔羅鬼の疵』より抜粋) 京極夏彦 昭和28年7月
 陽射しの強い7月の昼下がり、京極堂シリーズの語り部である関口巽と、どこか人を落ち着かせる雰囲気を持った初老の紳士との邂逅。
 この紳士の正体は、本書を読む人なら必ずわかるはずだし、また著者もわからせるように書いている。しかしその名前は、末尾まで明かされることはない。何故なら、二人の会話は、百日紅の大樹の下で交わされているからである。
 戦後間もない市ヶ谷の焼け残った百日紅の樹の下で、戦友から聞かされた未解決事件の謎解きをしていった復員者風の男が、物語のラストで初めて名を明かす横溝正史のある短編の趣向をそっくり採り入れているのだ。
 ちなみに、講談社ノベルスから出版された『陰魔羅鬼の瑕』の同一箇所では、会話に若干の異動が見られるので、京極ファンはすぐさまチェックだ!
 
「キンダイチ先生の推理」 有栖川有栖 現代
 ヴィクトリア朝時代を舞台としたミステリを多く手がけていたP・ラヴゼイが、「シャーロック・ホームズの新冒険」というアンソロジーに名を連ねていると知ったとき、どんなホームズを描いているか楽しみにしていたのだが、いざ読んでみると現代社会を舞台にしたホームズ・パロディだったのでガッカリした記憶がある。
 本アンソロジーの有栖川有栖も、ラヴゼイのときと同じくらい、失望感が拭えない。

 たしかに作品としては及第、イヤそれ以上の出来である。金田一耕助ファンの「金田耕一」少年と、近所に住むミステリ作家「錦田一」(つまりキンダイチ先生だ)が、身の回りに起きた殺人事件から、横溝正史の疎開先の岡山県にある「耕助石」の由来の真偽に推理を馳せる過程は、面白い。
 作者の興味も、有栖川版金田一耕助を登場させることより、生誕100年を迎えた横溝正史の側面を、実作を通して解き明かしたいという、より「高み」にあることは明白である。
 だから、本来ならば逃げを打ったラヴゼイ風情と比較してしまうのは失礼この上ない話なのだが、読者は有栖川有栖なら、横溝正史の原作により近い(特に推理力において!)金田一耕助を見せてくれたのではないかと、期待をしてしまうのである。
 というわけですので、有栖川先生、次の機会にはぜひとも贋作・金田一耕助の決定版を、お願いしますよ〜ッ!
 
「愛の遠近法的倒錯」 小川勝己 昭和27年10月
 昭和27年、静養先の岡山で「湖泥」事件に巻き込まれた金田一耕助が、事件を解決した後、今度こそ静養のためと訪れたのは、久保銀造の果樹園だった。
 そこで4年前に近在の郷で起きた殺人事件の話を聞かされ、耕助は警察の解決に疑問を持つ。
 事件関係者の手紙で幕を閉じる作品の構成から、金田一と久保銀造の会話や細かい仕草に至るまで、実によく原作を研究し、その再現に努めている。
 おそらく、本書に収録した贋作全編を通してもっとも原作の表現を踏襲している金田一耕助であろう。
 今まで、原作から耕助の貧乏ゆすりのクセを見つけ出して、作中に取り入れたパスティシュがあっただろうか!
 この人ホントに横溝が好きなんだなーと思わせる出来である。
 それだけに、このタイトルはどうにかならなかったのか。横溝正史なら、決して遠近法などという無機質な言葉を使ったりはしなかったろう。残念である。
 
「ナマ猫亭事件」 北森鴻 現代
 現在執筆中
「月光座」― 金田一耕助へのオマージュ ― 栗本薫 平成14年2月
 現在執筆中
「鳥辺野の午後」 柴田よしき A? 平成14年5月25日
 京都中の葬礼をつかさどる場所、鳥辺野の名刹で知り合った男女。女は推理作家であるといい、男は探偵――、殺人の捜査を専門とする探偵と名乗った。
 ならば、自分が直面した殺人事件の謎を解いてほしいと、女は男に事件について話しはじめる。それはまさに女の決闘ともいうべき、すさまじい物語であった。
 京都ならではの作品であり、柴田よしきならではの作品である。そして、金田一ならでは、とまでは言わないが、解決するのは、全知全能なる神のごとき探偵でなければならない構成もおみごと。

 関係者から話を聞きつつ事件を解決する形式や、紙コップにしこんだ毒薬のトリックなどから、「百日紅の下にて」を思い浮かべる読者もあるだろう。
 しかし、筆者はあえて、「病院坂の首縊りの家」に対する柴田氏なりのアンサーではないかと勘繰ってみよう。
 「病院坂の首縊りの家」のあとがきで、横溝正史が発想の元となった作品に菊池寛の「勝敗」を挙げているが、本作「鳥辺野の午後」は、「勝敗」のあらすじに驚くほどよく似ている。
 横溝が記した「勝敗」のあとがきを下記に引用しよう。

「おなじ年かっこうの本妻の娘と妾腹の娘が、相反発し、敵視しあいながら、一人の男を中心に勝敗を争うというのだが、どちらが勝ったか負けたかはいまの私には記憶がない」(角川書店『病院坂の首縊りの家』あとがきより)

 してみると、おお、「私」と由季子とのこの血闘は、いったいどちらが勝ったのであろうか。
 
「雪花 散り花」 菅浩江 現代
 便宜上、分類を「B」としたが、実際は限りなく「E」に近い作品。
 柴田よしき「鳥辺野の午後」が、現代の京都を舞台にしつつも、危ういバランスで金田一耕助の世界を構築していたのに対し、本作は、やや作者のテリトリー内にとどまりすぎた感がある。
 金田一耕助との関係が、名探偵にあこがれている「金(キム)」さんと「田(でん)」さんと「一(にのまえ)」さんの三人が共同で探偵ごっこというだけでは、本書の読者は満足しないでしょー。いくら横溝チックな事件を用意していようとも、このアンソロジーには場違いといわれてしまうのは、覚悟しなくちゃね。
 
「松竹梅」 服部まゆみ 昭和44年4月
 木箱から飛び出した髑髏や、そこに隠された秘密など、猟奇かつ浪漫的な雰囲気をかもし出していた前作「髑髏指南」に対し、本作は金田一耕助の事件簿中、空白の時期である昭和40年代を舞台に取ったため、事件の趣もガラリと変わっている。
 ただし、「髑髏指南」同様金田一の事件へのかかわり方は巻き込まれ型で、30年経っても頼りなさは健在である。

 横溝作品でもなじみ深い歌舞伎に材を取ったのは良いが、金田一耕助が歌舞伎を「見慣れぬ」としたのは大黒星。本書を買って読むくらいの金田一ファンなら、彼が若いころ歌舞伎役者のファンクラブに入会していたほど芝居好きであることは、周知の事実である。
 本作では金田一が歌舞伎に無知である必然性はなく、むしろ歌舞伎役者とも知り合いだからこそ事件を解くことが出来たという展開の方が自然である。
 また、同じアンソロジーに栗本薫氏の「月光座」が収録されていることも、不自然さに輪をかけてしまった。

 作家は横溝正史研究家ではない。小川勝己氏のように、仕事を離れても横溝ファンである必要はないし、この作品のために金田一シリーズを読み返す労力をかけよというつもりもない。
 だが、金田一シリーズに「幽霊座」という佳品があることくらいは、たとえ服部氏がご存じなくても、おそれ多くも角川書店の担当編集者なら、知っていないと恥ずかしくはないだろうか?
 作家に恥をかかせてしまった編集者の罪は、重い。
 
「闇夜にカラスが散歩する」 赤川次郎 A2 現代
 暗闇の中をひた走る列車に二人の男が乗り込んで来た。どちらも自分は探偵だと名乗り、あろうことか「金田一耕助」の二代目だと主張する。しかし、このどちらかは、凶悪な殺人犯なのだ。

 金田一耕助の息子を名乗っても、「あれは小説中の人物だから」と言われないので、この作品では金田一耕助は実在の人物として扱われていることがわかる。
 しかし、このオチは脱力である。
 冒頭、列車の中の名探偵モノとわかって、「名探偵の復活」を唱えた氏のデビュー作「幽霊列車」ばりのトリッキィな話を期待しただけに、肩透かしを食ったような印象を受けた。
 
 
『金田一耕助の新たな挑戦』   オススメ度★★★
 「野性時代」95年6月号での特集のノベルス化であるが、刊行時、新たに書下ろし作品を4作加えている(※印)。これほどまとまった形で金田一耕助の新作が読めるのは、角川書店ならではだ。
 横溝正史賞受賞作家が、それぞれの持ち味を活かしながら金田一耕助のパスティシュに挑んでいる。中でも斎藤澪、柴田よしき両氏は横溝正史への思い入れを、作品にたっぷりと注ぎ込んでいるのが、読む側に伝わってきて気持ちが良い。以下、個々に感想をあげる。なお、タイトル、作者名の次に書かれている日付は、作中で事件が起こった年代を意味している。
 
「笑う生首」※ 亜木冬彦 昭和36年夏
 なんと、「野性時代」での特集時に発表した「大神家の晩餐」を見送っての書下ろしである。軽井沢に舞台をとり、『仮面舞踏会』の日比野警部補、山下警部を再登場させる辺り、気合い十分である。
 ギロチン、サイダー瓶などの小道具の使い方といい、ラストの決め台詞といい、いかにも横溝らしい雰囲気を作り上げるのに成功しているといえよう。
 
「生きていた死者」 姉小路祐 昭和21年10月
 岡山を訪れる途中、大阪府警の要請で途中下車し、次の列車までに事件を解決する金田一耕助。
 雑誌初出時に金田一が出征しなかったなどという“致命的”エラーがあった本作、問題の部分を書き改め、獄門島に向かう途中で立ち寄ったエピソードへと転化させたことで、ガラリと趣のある作品に生まれ変わったと思う。
 しかし、時代を1年繰り下げることができたのだから、せめて10月も『獄門島』直前の「9月」に直して欲しかった。
 
「金田一耕助帰国す」 五十嵐均 平成7年
 昭和13年生れ、チェックの背広を着用した金田一耕助が、日本に帰る飛行機内で起こった殺人事件を、隣席の今風の若者と共に解決する異色パロディ。勉強不足なのか、これ以上ジッチャンの金田一を登場させるに忍びなかったのか、どちらにしても年齢、容貌などが原典と異なるのは、作者の確信犯である。
 短い作品なのに、金田一がどんでん返しを狙った2種類の推理を物語るのも、バランスが良くない。

 これは木魚庵の憶測にすぎないが、五十嵐氏は当初、この「自称」金田一耕助が推理ミスをして、彼の助手を務めた若者が謎を解くというスタイルにしたかったのではないだろうか。
 しかし、横溝正史の遺族公認の特集で、金田一耕助がコケにされる作品は都合が悪いと考えた編集部の意向で、すべてを金田一の手柄にするよう、書き改められたのではないか。2種類の推理はその名残なのだ。
 無責任な素人考えだが、ぜひくわしい事情を関係諸氏からうかがいたいものである。
 
「本人殺人事件」 霞流一 昭和55年2月
 タイトルもダジャレなら、作中の仕掛けもダジャレ尽くしという、ある意味では一連の横溝作品の「何々見立て」のスタイルを継承している(わけないって (^-^;))パロディ作品。
 久保銀造の息子が開いたパーティで、『本陣殺人事件』そのままの殺人が起こる。参加者にまぎれて、金田一耕助のコスプレをしていた金田一本人(ややこしいな)が暴いた真相は、金田一にもつらいものだった。
 
「萩狂乱」 斎藤澪 昭和11年10月
 このアンソロジーでは、女性作家の描いた金田一耕助の方が、どことなく原作の雰囲気に近いと思うのは、気のせいだろうか?
  『本陣殺人事件』で紹介されていた、東京で売り出すきっかけとなった語られざる事件を扱っている。
 金田一の親友で、まだ不良学生の風間俊六が、ガラッ八よろしく「たいへんだッ!」と飛び込んでくるのも面白い。ただ、耕助の遠縁の叔母を不用意に登場させたのは、理解に苦しむところ。
 作中、金田一が住んでいたとされる小日向台は、戦前に横溝正史一家が住んでいたところで、横溝作品にそれとなく登場することがある。
 
「金田一耕助最後の事件」※ 柴田よしき 昭和48年夏
 冒頭から最終行に至るまで、横溝正史及び金田一耕助への愛情があふれ出ている。
 病院坂の事件を解決し、旅立ち間際の金田一に事件を持ち込むのが、獄門島を去るときに鐘を撞いてくれたあの了沢という発端から泣かせる。
 ノベルス初版時には『病院坂の首縊りの家』と失踪の月日が異なるといううっかりミスがあったが、重版時に書き改められており、このことをとっても作者の並々ならぬ金田一耕助及び横溝正史への傾倒ぶりがうかがえる。
 
「髑髏指南」 服部まゆみ 昭和12年4月
 この作品は、けっこうお気に入りである。金田一「京助」と間違われ、謎の頭蓋骨を押しつけられた「耕助」が、実在の解剖学者、小金井良精を訪ねる。金田一の話に思い当たる節があった小金井は、知友の金田一京助を呼ぶ。
 登場人物それぞれが、ほのぼのとした味わいをかもし出しているが、とりわけ小金井夫人が良い味を出していて、可笑しい。
 作中、非常に燃えやすいあるモノを火にくべて、燃えてしまわなかったのは幸運であった。ホームズパロディにでも出てきそうなエピソードである。
 
「私が暴いた殺人」※ 羽場博行 石油ショックの頃
 ロスで起こった失踪事件の謎を、失踪中だった筈の名探偵が解く。
 金田一の言葉でロス市警の警部が友人とあるが、ひょっとしてその警部、いつもよれよれのレインコートを着て、俳優のピーター・フォークに似てはいないだろうか? 手がかりとなるようなサービスが欲しかった。
 
「陪審法廷異聞 ―消失した死体」※ 藤村耕造 昭和13年12月
 メシにありつこうと横浜くんだりまでやってくる金田一が、いかにもそれらしい。
 金田一を証人として戦前の陪審制の法廷に立たせたのは面白い着眼点であるが、金田一ものである必然性が薄くなってしまった感がある。
 
「大神家の晩餐」亜木冬彦   オススメ度★☆
(「野性時代」1995年6月号収録)
 「野性時代」での「横溝正史賞受賞作家による金田一耕助パロディ特集」に初出後、単行本化の際に掲載されなかった、今後幻となり得る作品。
 等々力警部の孫(つまり等々力栄志警部補の長男)、耕太がレンタルビデオ店で借りた「病院坂の首縊りの家」は、その中身が殺人を実況したドラマにすり変わっていた! しかも劇中で特殊メイクに使われていた犬の生首は、耕太が飼っていて、近ごろ行方がわからなくなっていたパールだったのだ。
 耕太の推理が進むにつれ、彼の仕草がかつての名探偵に似てくるあたり、芸が細かい。また、本アンソロジーの中で唯一、横溝作品によく描かれる耽美的な動機を模倣しているなど、亜木氏の横溝作品に対する憧憬が感じられる。折あれば是非読んでいただきたい。
 
「《ホテル・ミカド》の殺人」芦辺拓   オススメ度★★☆
 1933年、サンフランシスコの一流ホテルで起こった奇怪な事件。大日本帝国軍人が娼婦を射殺し、その後ハラキリをして自ら命を絶ったというのだ。
 当地に居合わせたホノルル警察のチャーリー・チャン警部と、私立探偵サム・スペードは、共同して捜査にあたるが、そこへふらふらと飛び込んできたのが、東洋人で麻薬中毒の、ホテルレストランの皿洗い、コフスキー(東洋人なのになぜロシア系の名前かは、読んでのお楽しみ)だった。
 金田一耕助にとっては、なんとも豪華なデビューだが、残念ながら、在留邦人の鼻つまみが、一夜にして英雄に祭り上げられる質の事件ではない。
 
「明智小五郎対金田一耕助」芦辺拓   オススメ度★★☆
 昭和12年11月、大陸での用事を済ませ、帰京の途についていた名探偵明智小五郎は、大阪の商家で起きた殺人事件の記事を読み、その"真相"に疑問を抱く。報道では、留学先のアメリカで難事件を解決し、現地で英雄に祭り上げられた金田一耕助という若き同業者が、みごと"解決"したことになっているのだが……。
 「本陣殺人事件」「怪人二十面相」と、ともに大事件を手がける直前、二人の名探偵の軌跡がクロスした瞬間を捉え、推理を競わせる手段はあざやかである。
 上の「《ホテル・ミカド》の殺人」の続編の形式をとり、なぜ「在留邦人の鼻つまみが、一夜にして英雄に祭り上げられる質の事件では」なかったはずの解決が、現地で喝采を浴びたかについて言及していることが、このレビューに対する目くばせのように感じられて嬉しい。
 
 ちなみに、本作とTOKIOの松岡昌宏と長瀬智也でドラマ化された「明智小五郎vs金田一耕助」とはまったく無関係である。
 
「「正史」は知らない」井口泰子   オススメ度☆
 『本陣殺人事件』にモデルとなる事件があった。それを横溝以前に小説に仕立てた作品が存在するという告発のハガキから端を発し、そのまた真贋騒動へと物語は発展していく。
 まさに「横溝正史」はあずかり知らぬ事件である。
 
 ただし、作中に登場する、社会派推理小説全盛期の昭和40年、横溝正史の「本陣殺人事件」を一挙掲載した推理小説専門誌は実在する。作者の井口泰子は、「本陣」の掲載を敢行した担当者本人。つまり、本作は作者の実体験をもとに書かれたミステリである。
 今となっては、当時の状況を知る資料としての価値が高くなってしまった一作である。
 
『GEN 『源氏物語』秘録』井沢元彦   オススメ度★☆
 角川書店50周年を記念して、書き下ろされた作品のひとつ。主人公はなんと角川書店設立者の角川源義!
 昭和16年、角川源義は、「源氏物語」多数作者説を証明する古文献をめぐる殺人事件に巻き込まれていた。
 「道行では仕方がない」という、どこかで聞いたような文句に悩まされる源義の前に現れ、貴重な助言を授ける不思議な兵隊は一体何者――?
 
「金田一耕助本当に最後の事件」石上三登志   オススメ度★☆
(「奇想天外」1978年11月号収録)
 フィクション・エッセイとあり、厳密には小説ではない。
 刊行されたばかりの『病院坂の首縊りの家』は、金田一が失踪する根拠が薄弱である、と疑問を投げかける筆者の前に、まるで小説中の名探偵がそのまま抜け出てきたような小男が現れ、意外な物語を話しはじめる。金田一耕助本当に最後の事件は、由利先生と知恵比べを行なう、その名も「獄門島ふたたび」なる大長編だというのだ。
 なるほど、そんな金田一ものなら読んではみたいが、競演する由利先生にとっては、最後の事件まで金田一のダシに使われて酷ではないだろうか。また、せっかく獄門島を舞台としながら、横溝特有の土着的な封建社会に根ざす悲劇ではなく、推理合戦のための連続殺人になってしまうのも解せない。
 所詮、「獄門島ふたたび」などという小説は、一読者の勝手な妄想にすぎないのだろう。
 
『探偵の夏あるいは悪魔の子守歌』岩崎正吾   オススメ度★★★
 当HPをアップしたときに、さまざまな方から励ましのメールをいただいたが、中でも「何故この小説に触れないのか」というお叱りを、実に多くの方から受けた。
 これほどオリジナルのファンから支持を得たパロディが、かつてあったであろうか?
 本作に金田一耕助は登場しない。しかし、事件の舞台設定たるや、『犬墓島』にも引けを取らない本歌取りのオンパレードなのである。
 「八鹿村の子守歌」どおりに殺される村人たち、獄門寺の了念和尚、鬼首峠ですれ違うおりん婆さん、病院坂に本陣川、古谷、石坂、渥美、西田と、どこかで聞いた名前の刑事たち。
 そこには、横溝正史に対する限りない愛情が、まさにあふれ出んばかりに描かれている。「セイシの次はセイゴだ」と、自らを横溝正史の後継者として位置づけ、社会派に対する「田園派」を名乗る岩崎氏の今後の活躍に期待したい。
 
「冷ややかな密室―脇本陣殺人事件」折原一   オススメ度★☆
 北関東の片田舎白岡町、脇本陣の末裔一本柳家が住む屋敷で、新婚初夜の新郎が不審な死を遂げ、新婦が失踪するという事件が起こった。しかも犯行現場の離れは、内側からガムテープで厳重に目ばりがしてあるという、密室状態にあったのだ。
 本家『本陣殺人事件』からシチュエーションと舞台を借り、内側から目ばりをされた部屋での殺人という、まったく別種の密室を構成した折原氏の意欲は評価したい。
 でもねえ、パロディ仕立てであることと、伏線がしっかり書かれていることから、途中でネタが割れる可能性も高いのよ。
 他の作品でも、「まさかこんなオチじゃないよね」というのが真相だったりすることが、折原氏の場合あるからねえ。
 なお、後に「折原といえばトリッキィな文体」といわれる片りんが、本作でもかいま見える。これも『本陣』へのオマージュのひとつか。
 
「本陣殺人計画 横溝正史を読んだ男」折原一   オススメ度★☆
 上記の「脇本陣殺人事件」執筆から14年の歳月が流れて、折原一が再び『本陣殺人事件』のパロディに挑んだ。
 今回は、密室殺人というテーマ自体に対するパロディになっており、密室のトリックにはあまり重点が置かれていない。っていうか、この程度のトリックで『密室殺人大百科』に載せちゃってもいいの? と首をかしげたくなるような、おざなりなものである。
 『本陣殺人事件』という、国内密室ミステリの最高峰を下敷きに、密室という形式を崩壊せしめたのが、唯一の収穫か。
 「密室はパロディ」という、折原氏の信念には忠実な作品と言えようが、『密室殺人大百科』編者である二階堂黎人氏は、頭を悩ませたに違いない(笑)
 
『探偵作家 江戸川乱歩の事件簿 ―ミイラと旅する男』楠木誠一郎   オススメ度★
 題名こそ江戸川乱歩の名を冠しているが、むしろ乱歩は自己嫌悪の末、憂き世から卓越した存在として書かれており、実質はワトスン役の横溝正史が出ずっぱりである。
 時代は昭和3年、上野の博物館で怪盗から盗難予告の出ていたメキシコのミイラが、若い女性の首なし死体とすりかわっていたという猟奇的な幕開けは、乱歩と正史が活躍するにふさわしい。
 だがその後がいけない。
 首なし美女(!)とミイラ紛失の二本立てのナゾを追いきれず、新たに死体が発見されるに及んで、だんだんミイラ探しはどうでもよくなってきて、謎解きの焦点が定まらないままあれよあれよと急展開を迎え、いつの間にやら終わってしまっていた。
 後年の横溝は、結核の療養生活から来る乗り物恐怖症や、血を連想させる赤いものを嫌ったという性癖が顕れ、事件に巻きこむにはいささか不便であるため、喀血前の昭和3年に材を取ったのは研究の成果といえよう。
 だが、その他の架空の登場人物、特に乱歩・横溝と行動を共にする恩田警部、三宅刑事の造形があまりにステロタイプで、全体が安っぽくなってしまったきらいがある。
 楠木氏はほかにも「潔癖症探偵泉鏡花」三部作など実在の人物を登場させたミステリを多数発表しているが、本作と同レベルなら触手が伸びないなあ。
 
『夢二殺人幻想 ―江戸川乱歩の事件簿2』楠木誠一郎   オススメ度★
 探偵小説の開祖、江戸川乱歩と横溝正史を登場させた前作が好評だったのか、早くも続編が出版された。
 ミイラや首なし死体と猟奇に走りすぎた前作に比べ、本編では乱歩や正史が竹久夢二、伊藤晴雨など実在の人物と交錯するという、オーソドックス(?)なパスティシュの作法を踏襲している。
 ただ、全体のバランス構成がいびつなのは前作同様。実在の人物を駒として動かすのに必死で、その他の登場人物や展開をその合間に転がすのがやっとという状態なのである。
 巻末の参考文献を見ても、勉強熱心な作家であることは理解できるが、それだけの労力に対して作品がペイしていないもったいなさを感じる。
 
『帝都<切り裂きジャック>の殺人 ―江戸川乱歩の事件簿3』楠木誠一郎   オススメ度★
 上野博物館の怪盗(怪人二十面相)、責め絵のモデル殺人(陰獣)と続いた猟奇事件も、いよいよ真打ち切り裂きジャックの登場となった。
 乱歩先生は刺激を受けやすい性格なのか、事件解決と、それらによく似た作品の発表時期が似通っているのが、このシリーズのミソなのだが、強いて本作が乱歩作品に影響を与えたとするなら、「蜘蛛男」をはじめとする通俗長編であろうか。
 それならそれで、乱歩以上に感受性の強かったであろう横溝正史だって、一連の事件に触発された作品を発表してもよさそうなものだが、残念ながらそのような展開にはならない。
 それにしても、命の危険があるから部屋から出てはいけないと言われた関係者が、外でメシを食いたいからという理由だけでホテルを抜け出して、案の定殺されてしまう展開はいかがなものか。
 
『「パノラマ島奇譚」殺人事件 ―江戸川乱歩の事件簿4』楠木誠一郎   オススメ度★
 乱歩と正史の探偵譚もいよいよ最終話。
 これまでもいかにも乱歩が好みそうな、そしてその後自作のモデルにしそうな事件を描いてきたが、今度は逆に、乱歩が発表した小説「パノラマ島奇談」をそのまま再現した小島で連続殺人が起きるという仕組み。
 シリーズも4作となると、乱歩や正史の人物像は実在から離れ、しかもキャラ立ちしていないので、それぞれの活躍を期待して読む側にとっては、読み進めるのがたいへんつらい。この辺りが引き際としても適切だったのかもしれない。
 
『芥川龍之介殺人事件』神門酔生・三宅一志   オススメ度☆
 なんでも実話らしい(笑)。
 作中、アントニー・ギリンガムに似た青年(しかも関西弁!)が、探偵らしい行為で芥川を自殺に追い込んだ原因を探っていたかと思えば、実は敵国の密偵だったことがバレ、逃亡。戦後、横溝正史に取り入って金田一耕助という名前で活躍したというのがオチ。
 別に読まなくても人生は楽しく過ごせるさ!
 
『桑港の幻』琴代智   オススメ度★☆
 昭和8年のサンフランシスコ。建物の3階から落ち、記憶を失った日本人留学生、岩見沢勇に殺人容疑がかけられる。孤立無援の中、彼は嫌疑を晴らすことが出来るのか。そもそも彼は無実なのか!?
 えっ、金田一さんはどこに出てくるかって? アナタ、一体どこを見ているんです。もう一度、作者名をよっくご覧になってくださいな。
 サンフランシスコでの事件ということは、『本陣殺人事件』にある「たちまち一種の英雄に祭りあげられた」事件なのだろうが、彼が祭りあげられるような解決ではない気がする。
 
「『悪魔の手毬唄』殺人事件」小林久三   オススメ度?
(「幻影城」1976年1月号収載)
 オススメするも何も、『悪魔の手毬唄』が映画化されることになり、スタッフが鬼首村のロケ地を探す途中で殺人事件に遭遇したというだけで、原作とは一切関係なし、金田一耕助の「き」の字も出てこないのだから、評価のしようがない。
 「幻影城」の入手も困難になりつつあるし、パスティシュとしては特に読む必要はないのでは?
 余談だが、驚いたことに本作品は、1987年に火曜サスペンス劇場で制作・放映された。出演は近藤正臣・沢田亜矢子・松橋登ら。
 
『花嫁川柳殺人事件』斎藤栄   オススメ度★
 タロット日美子シリーズ第二作。
 副題に「『本陣殺人事件』マル殺」とあるように、横溝正史の『本陣殺人事件』を斎藤氏流に料理した作品。『本陣』のトリックを真似て自殺すると宣言した登場人物が、雪に降りこめられた密室の離れで死んでいるという不可能犯罪を扱っている。
 しかし、そのトリックたるや『本陣』の緊密さ、華麗さには到底追いつかない代物である。だいたい、『本陣』の妖しい琴の調べに対して『花嫁川柳』では被害者自ら唄って録音した『雪のふる街を』がエンドレスで流れているという設定からしていただけない。これはおどろおどろしいのではなく、ただ根が暗いだけだ。
 他にも、被害者が川柳に託した暗号や、目次を眺めていると浮かび上がってくる真相など、意欲は買うが、出来映えはとても認められない。
 
『犬猫先生と金田一探偵』斎藤栄   オススメ度☆
 犬猫先生シリーズ第二作。まったく懲りていない(笑)
 アメリカでノンビリと余生を送っているはず(?)の金田一耕助氏。しかし、今やアメリカは国をあげての嫌煙ブーム、ヘビースモーカーの金田一先生(だったっけ?)としては、日本に逃げ帰るしか手がなかったというのが帰国の理由。
 主人公が犬猫「先生」なので、作中ずっと金田一「探偵」と呼ばれているのが、違和感を覚える。しかも金田一「探偵」はあろうことか推理ミスを犯し、犬猫先生が奔走して真相を突き止める情けなさ! こんなの金田一さんじゃないやーい!
 
「凡人殺人事件」桜井一   オススメ度★★
 東京駅から電車で86分の場所にある八六分市、そこではなぜか、古今東西のミステリに酷似した事件が頻繁に発生するのであった。
 今日も今日とて、八六分市の旧家二柳家の当主仁造が、自宅の土蔵の中で無残な死体で発見された。土蔵の扉には厳重過ぎるほどの戸締まりがしてあり、蟻の這い出る隙間すらない。むろん自殺などではあり得ない。
 捜査に行き詰まった八六分署の伽羅(キャラ)警部は、友人の私立探偵珍田一珍助に出馬を要請するのであった。
 凡人であるが故に、捜査官には思いもよらない方法で殺人を犯す犯人と、凡人であるが故にその方法を見破ることの出来た探偵。恐ろしくもバカバカしい事件の全貌が、今明らかになるのだ! あー、あほくさ(ホメてます・笑)
 それにしても本書を原案として作られた2時間ドラマは、ひどかった。原作が活かされているのは田舎の警察って設定だけで、ミステリ・パロディ全部削っちゃったんだもの。
 
『少女達がいた街』柴田よしき   オススメ度★★★
 自分にそっくりな少女との出会い、20年の時を隔てて明らかになる真相、宿命の糸に操られる若者たち。
 これは、『病院坂の首縊りの家』についての言葉ではない。柴田よしき『少女達がいた街』のプロットの一部なのである。
 柴田氏は本作で、ことさら「血」の因縁について強調して書いてみせた。ここでは触れないが、横溝作品にとって重要な、「血」にまつわるあるファクターまで駆使している。しかしそこに、おどろおどろしさはない。あるのは、昭和47年の時代の息吹と、それから20年後という残酷なまでの時の重みである。

 そこには、金田一耕助はもちろん、横溝正史の名前すら一度も登場しない。だが、本作はまさしく横溝作品に対するオマージュなのだ。
 横溝作品ゆかりの登場人物や地名を使用しなくても、そのテイストを継承することはできるという証明を、柴田よしきは本作で実践してみせた。

 厳密な意味でのパロディ・パスティシュではないかもしれないが、こんな作品もあるということを、多くの横溝ファンに知ってもらいたく、敢えてリストに加えました。
 (本作と横溝作品との意図的な類似性については、柴田よしきさんご本人に確認済みです)
 
「茶色い部屋の謎」清水義範   オススメ度★☆
 自称・名探偵たちが集められたパーティ会場で、主催者の欲八田(よくはった)こと八田虎造が殺された。招待客の探偵たちは、どうしようもない迷推理を披露するが…。
 被害者のあだ名を見てわかるとおり、有名な古典ミステリにのっとって、その屋敷内での殺人に名探偵が挑むという形式をとっている。逆にタイトルの元ネタである「黄色い部屋」との関連はあまり見られない。
 探偵たちの中に、和服でもじゃもじゃ頭の素人探偵・金野大地の姿がある。
 人が一人殺されたくらいでは調子が出ないと豪語するこの探偵は、まさに金田一耕助のカリカチュアライズ。
 世界の名探偵の一人に数えられるなんて、金田一さん、スゴ〜イ(笑)
 
『コズミック』ほか清涼院流水   オススメ度?
 新本格ミステリの行く末は、こんなものなのか、と各界に物議をかもした推理パズルシリーズ。
 金田一シリーズとの関わりは、探偵と称する登場人物に、犬神家の末裔と名乗るものがいるだけ。オススメ度は、その犬神夜叉が探偵らしく単独で事件を解決できた暁に、改めて評価します。
 
『犬墓島』辻真先   オススメ度★★☆
 『本陣殺人事件』『獄門島』『蝶々殺人事件』などのパロディを随所に折り込み、なおかつポテト&スーパー、瓜生慎&真由子、迷犬ルパンなど辻真先のシリーズキャラクターを一堂に集めた大サービス作品。
 辻氏の迷犬ルパンスペシャルには、他にも『蜘蛛とかげ団』『線と面』など古今のパロディがあり、それぞれファンをうならせるような凝り方をしている。
 
「金田一もどき」都筑道夫   オススメ度★★☆
 ミステリ好きが高じて、作中の名探偵になりきってしまう茂都木宏と、かげからご亭主を支えて、事件を解決に導く奥さんの連作短編集。本編では舞台をハワイに移し、同じような趣味のチャーリー・チャンもどきさんと「名探偵の競演」を繰り広げている。
 都筑は、横溝正史との対談で「金田一のパロディはどんどんやってください」とお墨付き(?)をもらっており、それが作品に結実したものである。
 オススメ度が高いのは、『名探偵もどき』自体の面白さに加え、本編のラストではアッと驚くような仕掛けが用意されていることを考えあわせて。
 
『銀河鉄道の惨劇』吉村達也   オススメ度★☆
 朝比奈耕作の「惨劇」シリーズである。
 「銀河鉄道の惨劇」という作品を書くために、取材旅行に北海道を訪れた朝比奈耕作は、ふとしたことから牧場主の金田老人と知り合う。コースケという名の馬を操り、英国風のダンディーな格好をした金田老人は、朝比奈耕作も一目置く論理的思考の持ち主だった。

 吉村達也が、金田老人を金田一耕助の後身として書いたのは、間違いない。なにしろ100ページあまりに渡る事件の解明を語るのは、朝比奈耕作ではなく、金田老人なのだ。たとえ推理力が優れていようと、シリーズ探偵を差しおいて、一登場人物に解決場面をゆだねるのはきわめて異例。作者の中で、金田老人イコール金田一耕助という認識があってこそ、活きてくる破格の扱いなのだ。
 だから「銀河鉄道の惨劇」というタイトルから事件がドンドン離れていっちゃっても、文句を言ってはいけないのだ。
 どうにも共感しがたい、作者独特の日本人論も健在(笑)
 
(C) 1997-2007 NISHIGUCHI AKIHIRO