|
角川文庫「本陣殺人事件」P.11には、三本指の男初登場の場面として、
「それは昭和12年11月23日の夕刻、即ち事件の起こった日の前々日のことだった」
という記述があります。事件が発生したのは、11月25日の晩、正確には26日の明け方4時すぎのことでした(P.35)。
我らの金田一耕助が事件に介入したのは、「11月27日、即ち一柳家で恐ろしい殺人事件のあった翌日のこと」です(P.78)。そしてその翌日には、早くも関係者を一堂に集めて雪の密室のトリックを暴いているのですから、名探偵にふさわしい、華々しいデビューを飾ったといえましょう。
ところで、作中で語られている、金田一耕助が日本で最初に解決した「その頃全国を騒がせていた某重大事件」(P.83)とは、一体どのようなものだったのでしょう? 当時の「某重大事件」といえば、たいてい政治がらみと相場が決まっていますが、はたして、昭和12年頃にそんな事件が起こったという記録があるのでしょうか?
答えは意外なところにありました。
「藤本章二の殺害されたのは、その年の五月二十七日の晩のことであった。この事件は当時非常に世間を騒がせたものだったが、不幸にも私はあまり詳しくこの事件に関係しなかった。それというのがこれとほとんど時を同じゅうして起こった、某大官暗殺未遂事件の方を担当していたからで、その事件が片づいた時分には藤本事件の方も、もう当初の昂奮は色褪せて、特別にわれわれの探訪意欲を刺激するような要素はどこにも発見されなかった」
(角川文庫「蝶々殺人事件」P.86)
三津木俊助氏の記録によると、昭和12年5月には、「某大官暗殺未遂事件」なるものが起こっているそうです。「当時非常に世間を騒がせた」殺人事件より重大だった「某大官暗殺未遂事件」と「その頃全国を騒がせていた某重大事件」、どことなく受ける印象が似通ってはいないでしょうか?
もしも金田一耕助と三津木俊助が、共同で一つの事件に関わっていたとしたら――?
空想とはいえ、なかなか楽しい想像だとは思いませんか?
(97/06/01記) |