新 井 刑 事
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登場作品(19作) |
暗闇の中の猫 |
病院坂の首縊りの家
(第1部) |
幽霊男 |
鞄の中の女 |
壺中美人 |
貸しボート十三号 |
檻の中の女 |
扉の影の女 |
泥の中の女 |
柩の中の女 |
スペードの女王 |
支那扇の女 |
悪魔の寵児 |
香水心中 |
雌蛭 |
悪魔の百唇譜 |
白と黒 |
夜の黒豹 |
蝙蝠男 |
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下記作品に登場する「新井刑事」は、別人と思われる(本項参照) |
迷路の花嫁 |
堕ちたる天女 |
女の決闘 |
悪魔の降誕祭 |
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等々力警部の腹心の部下 |
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警視庁捜査一課第五調べ室所属、おなじみ等々力警部腹心の部下である。
等々力警部のあるところ、つねに新井刑事がそばに控え、警部の片腕となって活躍している。
新井刑事が初めて読者の前に姿を見せたのは、「幽霊男」(推定昭和29年の事件)である。
この頃はまだ、どちらかといえばその他大勢の刑事の一人でしかなかったが、登場回数が増えるにつれ、じょじょに読者とも顔なじみとなり、金田一耕助の良き言葉敵となっていった。
後年に発表された「病院坂の首縊りの家」では、「幽霊男」以前の昭和28年に起きた事件であるにもかかわらず、すでに新井刑事と金田一耕助とは顔なじみということになっている。
「貸しボート十三号」(推定昭和32年)には「長年警部の部下でいる新井刑事」とあり、過去の事件を振り返って書かれた「暗闇の中の猫」では、昭和22年の時点ですでに等々力警部の配下として捜査に加わっていた。
敏腕であり、しばしば事件のカギとなる証拠物件や証言を見つけ出している(病院坂の首縊りの家他多数)。
「香水心中」では、軽井沢で事件に巻き込まれた等々力警部から青野太一の身許照会を要請されるや、調査結果を携えて軽井沢に急行した。
「夜の黒豹」(昭和35年)の頃になるとそうとう古株となり、重要参考人として捜査線上に名前の上がった丘朱之助に関する事項の捜査を一手に任された。
等々力警部に劣らず健啖家で、X大学ボート部の合宿所でライスカレーを食べながら聞き取りを行ったときにも、進行役でいながら警部や金田一耕助より先に平らげている。(貸しボート十三号)
また「扉の影の女」では鍋焼きうどんを注文している。
「暗闇の中の猫」「扉の影の女」では、たばこを吸う場面が登場する。
等々力警部に出馬を依頼された金田一耕助が、事件現場や捜査本部に向かうと、なぜかいちばん最初に新井刑事に出くわす機会が多い(檻の中の女、蝙蝠男、柩の中の女、雌蛭、夜の黒豹)。下手をすると、そのまま忙しそうに飛び出していったきり、以降の物語に登場しないことさえある。
「スペードの女王」では、事件解決の糸口をつかんだ金田一耕助から、クライマックスの大捕物に等々力警部と同行するよう指示があった。その後犯人と激しい銃撃戦まで行なっている。
金田一は、「支那扇の女」でも等々力警部に対して同様の要請を行なっているが、警部が「こちらからも新井君でもつれていきましょうか」と尋ねたのに対し、所轄署の刑事を動員するからよいと断られ、登場の機会を失っている。
「病院坂の首縊りの家」第2部、昭和48年の事件のときには、新井刑事は捜査に加わっていなかった。出世して現場を離れたのか、等々力警部同様引退したのか、その去就は定かではない。
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金田一耕助との丁々発止 |
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新井刑事は、金田一耕助と等々力警部との関係をどのように見ていたであろうか。
「扉の影の女」では、珍しく等々力警部と新井刑事が金田一について話している。新井刑事の言葉を抜粋すれば、
「ああいう職業をしていると、かえってわれわれよりいろいろと情報が入るものらしいですね。しょっちゅうわれわれは出し抜かれる」
金田一を「一種の天才」であることを認めながら、
「失礼だけどあの先生、ああしていくらかでも収入になるんですかね」
といぶかっている。
このような金田一の情報網や才能、猟奇の徒ともいうべき性格をひっくるめて、
「警部さんが利用していらっしゃる」
と、警部寄りの発言をしている。
また金田一耕助が窮状に陥るのには慣れており、たばこ銭にも困っているのを見ても「気の毒そうな顔色はつとめておもてに出さなかった」。
金田一との間柄は等々力警部同様良好で、事件のないときには第五調べ室で「駄弁を弄」すこともあった(夜の黒豹)。
「病院坂の首縊りの家」では金田一に向かって「片眼つむってにやにや」するなど、尊敬と親愛から軽口を叩き合う場面も事件簿中随所に見られる。
新井刑事は、時折り金田一耕助の推理に口をはさみ、まるで挑発するかのように反論を行う(鞄の中の女、扉の影の女)。しかしそれは、敵がい心や反感からではなく、金田一の推理を居合わせた捜査陣にもわかりやすく説明するよう要求しているのだ。
「いまの刑事の反駁はほんとの意味の反駁ではなく、それによって相手を刺激し、あいての組み立てたセオリーをここで発表させようというひとつの手段なのである」(鞄の中の女)
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実は相当の年配刑事? |
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金田一耕助との軽口の応酬や、等々力警部から「新井君、電気をつけたまえ」(扉の影の女)と雑用を命じられたりもすることなどから、まだ若そうな印象を受けるが、「悪魔の寵児」では「新井という老練の刑事」と紹介されている。
また「壺中美人」では、職務とはいえ五十歳を越えている芸人楊祭典を終始「楊君」と君付けで呼んでいる。
「夜の黒豹」では街娼のたまり場となっている酒場の主人とも顔なじみで、夜の女たちにも「おじさん」と呼ばれ慕われている。捜査について情報を提供してもらっている代わりに、彼女たちの稼業には多少の目こぼしをしていると思われる。
このように、叩き上げの年配刑事というのが本来の姿であるらしい。
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新井刑事は「部下」刑事の代名詞 |
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上記の事件以外にも、新井刑事なる人物が登場する。
「『新井君、新井君、ちょっとここへきてくれたまえ』
と、同僚の新井刑事を呼びよせて」(迷路の花嫁)
新井刑事を呼び寄せたのは、事件の所轄である野方署の沢田刑事である。
「迷路の花嫁」では、新井刑事と沢田刑事は二人一組で行動しており、また新井刑事の一人称も「ぼく」と若い印象なので、この新井刑事は野方署の所属であると考えた方が自然である。
「緑ヶ丘署へかえってきた金田一耕助が新井刑事に聞いたところでは、……」
「女の決闘」は緑ヶ丘で起こった事件で、等々力警部は登場しない。代わりに緑ヶ丘署の島田警部補が、金田一耕助と共に事件を捜査を行う。つまり、ここに登場する新井刑事は、緑ヶ丘署所属で島田警部補の部下であると推定される。
この緑ヶ丘署の新井刑事は、「悪魔の降誕祭」にも登場している。
「そのときである。さっきから被害者の所持品を改めていた新井刑事が、とつぜん、素っ頓狂な声をあげて、はっと一同の注目をあつめたのは……」
この場面での新井刑事の登場は唐突である。緑ヶ丘荘の金田一耕助の事務所で起こった殺人事件で、連絡を受けた等々力警部がまだ現場に着いていないうちから、この新井刑事は被害者の所持品を改めている。また、島田警部補の指示で、事件関係者を迎えに行っている。
「白と黒」のように、等々力警部よりも先に事件現場に急行するケースも見られるが、その場合には、きちんと警視庁の新井刑事という紹介がされている。
「悪魔の降誕祭」の新井刑事が「警視庁の」新井刑事ではなく、「緑ヶ丘署の」新井刑事だったなら説明がつくのである。
同様に、「堕ちたる天女」の新井刑事もまた、所轄署の刑事と思われる。
「『なるほど、なるほど、新井君、メモ、いいね』
警部補はかたわらの刑事をふりかえる。
『はあ、大丈夫です』」(堕ちたる天女)
同作の新井刑事の出番はこれだけである。
なるほど、等々力警部もこの場に同席しているが、事情聴取の場は小玉警部補の所轄であるK署である(神楽坂警察署と思われる)。
ということは、この新井刑事もまた、K署の刑事と考えた方が自然である。
事実、同作ではこのあと、等々力警部と磯川警部の顔合わせという一大イベントが控えているのだが、その場には新井刑事は居合わせていない。
(厳密には等々力警部の部下も登場しているが、名前が出ない。つまりこの新井刑事と同一人物ではないということ)
つまり、警視庁所属の新井刑事以外に野方署と緑ヶ丘署、K署にも同姓の刑事がおり、新井と名乗る刑事はつごう4人登場したことになる。
このことから、「新井刑事」というのは、等々力警部の部下として定着する以前は、部下の刑事の名前として頻出していたことがわかる。
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<考察> その活躍は改稿とともに |
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もう一度、冒頭の新井刑事の登場作品リストを見ていただきたい。
この19作品のうち、「暗闇の中の猫」「病院坂の首縊りの家」は、後年になって過去の事件として発表された作品であることは前述した。
さらに「壺中美人」「貸しボート十三号」「扉の影の女」「スペードの女王」「支那扇の女」「悪魔の百唇譜」「白と黒」「夜の黒豹」は、雑誌掲載の短編を長編化した改稿作品である。
それぞれの原型作品には新井刑事は登場しないか、登場しても一場面のみでしかない。
新井刑事の活躍は、作者の改稿癖がもたらした副産物と言えるのである。
ストーリーにいっそうの深みを与えるためには、金田一耕助の相棒として、彼と行動を共にする機会が増える一方の等々力警部の代わりに、自由に捜査が行える新井刑事のようなキャラクターが必要とされたのであろう。
また、前項で「病院坂の首縊りの家」第2部に新井刑事が登場しないことを指摘したが、同作及び「悪霊島」にてレギュラー登場人物の総決算を行った横溝正史のこと、新井刑事については、書かれなかった次回作「女の墓を洗え」でたっぷりと筆をさいて落とし前をつける予定だったのかもしれない。
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